猫好き陶芸作家のカフェ絵咲木へいらっしゃいませ・・・



   
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プロフィール

山口 久美子

Author:山口 久美子
陶工房 カフェ ギャラリー 絵咲木

猫好きな店主の,ほのぼの毎日。

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福岡県八女市本町65
tel 0943ー22ー2634
月曜店休日

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はちくんとさくくん。二匹ではっさく。

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アメリカンショートヘアーのみかん、看板猫8歳♀。長女のお嫁入りでお引越し。

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かぼす♂ 2014.5月1日から天使猫修行中

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H23.5/26お空の住人に 茶太郎♂永遠の15歳

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狩が得意で気ままなコルト♀8歳(自宅組)

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小さな甘えん坊のココア♀17歳(自宅組)


中村文平 苺畑の魔法使い  [オンデマンド (ペーパーバック)]

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「月のルルカと黒猫スプーン」

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高校の文芸部の先輩、中村文平さんの 児童書です。

ココから注文できます
          中村文平の本

絵本 やくそくどんぐり
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ココから注文できます
          やくそくどんぐり

みかんちゃん

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田中吉政時代展2017

   
今年も、初代筑後国主田中吉政時代展をします。

今年で、三回目になります。

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今年の目玉は、これ。

筑後国福島城の鯱(しゃちほこ)を展示できるようになりました。

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鯱くんは、2011年に市役所のロビーに展示された後、岩戸山歴史史料館に保存されていました。

その後、見ることも、存在すら、忘れ去られていた様子。

貸して下さいと申し込んだら、みんなで捜索したらしく、発見されました。

時代展の土日、恒例の、八女福島文平座によるお芝居があります。


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北野町の西方寺で一度やりました、あの「菩提一如」です。


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今回から、加わった新人さん二人が、頑張ります。


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春は、そこまで

   
だいぶ春めいて来ました。

でも、寒い。

年をとったからか、本当に今年は寒いのか。

でも、自宅の庭には、今年もつくしが。

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はかまを取って、卵とじで頂きました。

今日も今日とて、歴史をお勉強。

「近江興地志略」で調べていたら、

角川地名大辞典で、野村を検索です。

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なぜ、野村なのか?

それは、田中吉政公が、岡崎城に入る前に居館を構えたであろう場所。

三男の吉興が、田中家改易ごに再興されたところが、野洲藩。

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遠い昔、橘姓ご先祖が、ここに居た可能性もあるかも。

たとえば、橘成季は、近衛家に仕えていましたが、近衛家ゆかりのお寺、陽泉院もど真ん中。

何か、もうひとつ、ヒントが見つかればいいです。

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田中吉政 京都の旅

   
京都に行って来ました。

田中吉政を訪ねてめぐる旅です。

もう、何度訪れたでしょうか。

今回は、人と会う旅と、お墓参り。

豊臣秀次の菩提寺、瑞泉寺です。

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和尚様と、ゆっくりお話ができました。

そして、豊臣秀吉の奥さん、ねねさんの高台寺へ。

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寺内の美術館に豊臣秀吉の肖像画があるので、寄ってみましたが閉館日。

まあ、年に一度くらいしか展示しない国宝級だそうで、まだ見たことがありません。

この肖像画は教科書に載っている、皆さんがよく知っているものですよね。


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あれは、秀吉が亡くなった後、ねねさんを慰めるために田中吉政が絵師に描かせて持って行ったものだと、高台寺のスタッフさんが話してくれました。

えへへ、知っているから来たのですよ。

国の重要文化財に指定されていますよ。

高台寺も、「非公開文化財特別公開」中でした。

それで、思いがけずねねさんのお墓参りもできました。

こんな感じですね。

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そして、このお堂がねねさんのお墓で、下に埋葬されているそうです。

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そして、田中吉政のお墓参りに、京都金戒光明寺に行きました。

本堂の左隣、ひときわ大きく、一番前にあります。

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管理されている塔頭の西翁院さんでは、「非公開文化財特別公開」中でした。

事前に連絡をして、特別に和尚様にお位牌を見せていただきました。

お話では、お墓の場所は公家の区域だと言われました。

「素晴らしい宝篋印塔です。

三枚の返り花も良い感じです。

宝篋印塔は笠の耳の角度でどの時代かある程度わかります。」と帰ってきて、フェイスブック繋がりで教えていただきました。

田中吉政の歴史は何か、一般的に知られていること以外に、まだ謎があるようです...。

京都で亡くなったので、本堂で葬儀が営まれたあと、西翁院の隣の塔頭がしばらく管轄し、その後西翁院に託されたと言ってありました。

そしてその後、柳川市の真勝寺を菩提寺としました。


「田中吉政公お慕い歴女隊」としては、感動の京都でした。

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ココちゃんまたね

   


自宅組の猫さん、ココアが旅立ちました。


小さくて、18歳のお婆ちゃん猫で、大往生だと思います。


最後までよく食べて、甘えて。


ここ数週間は目が見えない様だったので、ゲージで過ごしましたが自由にのびのび生きて来ました。ホットマットと湯たんぽで温かかったかな...。


命は限りがある。...

そう思います。


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娘が言いました。

自分が旅立ったとき、三途の川の向こう岸で、飼い主さんを待っているらしいよ。

だとすると、絵咲木ご一行さんって旗のもと、みんなで待っているのかしら?

また、娘が言った。茶太郎君なんか、私の猫なのに、先にお母さんが来たら、一緒に行っちゃいそうね。

ココちゃん、またね。


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秀吉を支えた武将 田中吉政

   
秀吉を支えた武将 田中吉政

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この本の2ページにこうある。

田中吉政ー秀吉の家臣
この武将のことを、我々はあまり知らない。
吉政は、近江八幡城主・豊臣秀次の宿老筆頭をつとめた。
不在がちな城主にかわって、近江八幡城や城下町は
この吉政によって建造されたと言えるかも知れない。
吉政は、小田原の陣の後、三河国岡崎城主となった。
尾張国清州城主となった秀次をたすけるとともに、
岡崎城下町の建設、矢作川の築堤普請に尽力した。
吉政は、関が原合戦で石田三成を捕らえた。
三成とは同郷で、昵懇で
だからこそ、追手となることを自ら望んだという。
吉政は、関が原合戦後、筑後国柳川城主となった。
柳川城と城下町の大改造を行い、
有明海沿岸の築堤は、その干拓事業の端緒となった。
小身から三十二万石余の太守に成り上がり、
多くの城郭建築と、土木工事を手掛けた彼の一生は、
地域にとっては重要で、最も喧伝されて然るべきであろう。
秀吉による日本改造の計画として有名な、
太閤検地・兵農分離・刀狩りなどは、
彼のような能吏に支えられてこそ、初めて成功した。
日本近世への扉を開いた人物の一人、
その吉政の経歴と政策の全貌が、
この一冊によって、初めて明らかになった。
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