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石崎若狭 滋賀県長浜の旅二日目

お宿の方へ、石崎若狭の子孫の石崎さんが、訪ねて来てくださいました。

家系図の写しを見せて頂いたり、詳しい石崎家のお話を聞くことができました。

田中家三家老のひとりです。

この一族は、田中家に入る前の昔は、佐々木家に仕えていたそうです。

そして、今も、ご自宅は、昔からの小土豪のあと、堀のあともあったり、屋敷内に菩提寺の金光寺があります。


ちょうど、宿泊したところが、石崎さんのご自宅まで歩いていける場所でした。

金光寺を案内して頂きました。

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大きな、りっぱなつくりです。

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本堂も、りっぱです。

以前、戦火で焼失したものを、石崎若狭が再興したと、古い資料で読みました。

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長浜駅まで、車で送ってもらい、米原駅まで移動したら、一日目に迎えに来て頂いたお友達が、また見送りたいとメール。

少し時間があったので、カフェでお話ししました。

彼女は、石田三成ファン。

吉政公との絡みで、話は尽きません。

フェイスブックは、悪い面ももちろんありますが、このような出会いは、とても素敵です。

これからも、まだまだ、続きそうですね。


お土産


お土産、それぞれからたくさん頂きました。

次は、きっと、彼女が愛してやまない、三成の佐和山城へ。


長浜市知ら姫の旅一日目

長浜市ものがたり大賞の授賞式の後、フェイスブックのお友達、一人は帰っていかれ、あとの三人と文平さんとで、お寺に次々と連れて行って頂きました。


最初は、吉政公が、岡崎城主の時、お母さんのご葬儀に、岡崎まで参じたお寺様、誓願時です。

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田仲家ことっては、このお寺が菩提寺だったのでしょう。

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お母さんが亡くなられた後、この梵鐘を追悼の為贈られたそうです。

この梵鐘は、北九州市小倉区の貫庄八幡宮にあったもので、正平21(1366)年の銘があるそうです。(浅井町指定文化財)

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どのようにして、入手したかは伝わっていませんが、もし、九州平定の折にその天満宮で手に入れたとするなら、吉政公は、九州入りしていないと言われてきたことが覆りますね。

どちらかは、まだ謎です。


誓願寺は、昔は、江北十か寺の一つとして、織田信長の時代、お寺が城郭化した寺城として、勢力をもっていました。

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広さも、もっと広くて、堀もあったでしょう。

次は、順光寺。

先日から、柳川の順光寺の一件がありましたね。

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このお寺の和尚様が、慶長の世に、筑後国まで、たくさんの人を伴って宮川氏と一緒に、吉政公を慕っておいでになったと言う事です。


そして、三度目の玉泉寺です。


ご住職が変わられたそうで、だいぶん整備されていました。

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中で、少しお話を聞きましたが、歴史は、あまりお詳しくないようでした。

この敷地に、吉政公が寄進した屋敷が建っていたそうです。

後の世、ここは、井伊家の所領となり、寄進を申し出たら、田中家ほどの格式がないので断られたと言う事でした。

それで、格の有る御養子縁組をされて、再び寄進を行われたそうです。

その格式…、田中家の詳しい生まれが、謎に包まれ、まだまた判っていません。

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虎御前山に連れて行って頂きました。

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かすかに、田圃アートの名残がわかる…。

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今年も、されるでしょうか?

夕暮れに、うっすらと、琵琶湖に浮かんだ竹生島が見えました。

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その後、お友達のご自宅で、お話に花が咲き…。

なにせ、フェイスブックで繋がり、かれこれ三年になるでしょうか…でも、会うのは初めてでした。

その間、いろんな情報や、美味しいものを送って頂き、そんな積もった話が尽きませんでした。

すっかり、暗くなり、バタバタと宿まで送って頂きました。


長浜ものがたり大賞授賞式

2月23日に、長浜ものがたり大賞の授賞式に、長浜市虎姫の虎姫文化ホールに行って来ました。

2月の中旬に、文平さんが奨励賞を受賞したとの連絡が入り、みんな喜びました。


当日、長浜入りです。

フェイスブックでお友達になった、清子さんに米原駅で拾ってもらい、現地まで。

初めてお会いするのに、感謝でした。

一時開会式だったので、近くのカフェで食事をして、お互い、情報の交換でした。

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会場に入られる市長さんと、フロアーで目が合ったので、ささと、ご挨拶。

市長さんとも、フェイスブックで繋がっていましたが、初対面。

赤い花をつけて、文平さん嬉しそうでした。

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短い時間に書き上げた、歴史小説です。

もちろん、吉政公が主人公です。

入賞者の方々と合わせて、本になるらしいです。


会場には、他に同じくフェイスブックで繋がった、滋賀県のお友達が3人も、駆け付けて下さいました。

授賞式の後、その方々と、視察に繰り出しました。

その様子は、次のページで。

嬉しい1日でした。


田中吉政公御命日法要

田中吉政公は、二月十八日が御命日です。

田中吉政顕彰会の総会と法要を日曜の十七日に、柳川真勝寺にて行われました。

その催事、奉納で、文平座がお芝居をしました。

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今年で五回目になります。

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お馴染みのメンバーと、新しく加わってくれた役者さんたちで楽しくやれました。

私、語りで出て来て読んでますが、携帯にぎったまま…。


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今回からの米里君、メークのお手伝い。

心強いです。

末永く、お付き合い宜しくです。

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終わった後の打ち上げも、話が止まらない。


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今年の五回目の始まり…、そう、この演目で五月もやることになります。

今回は、吉政公の三男吉興と、京都の豪商角倉了以のお話です。

運河で繋がる、男の夢です。

さて、来週は、文平さんが、長浜ものがたり大賞に奨励賞受賞を頂いたので、滋賀県の長浜市に行って来ます。

さっそく、地元の歴史で繋がった方々とお会いすることになりました。

楽しみです。

慶長本土居は、筑後国の要塞

田中吉政公の土居、慶長本土居と、外曲輪土居、汐留土居と、場所場所で違う名前で書かれています。

慶長本土居地図

だから、分かりにくかったので、城の堀以外に、土居と運河等の土居を描き込んでみた。

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半田先生が考えておられるように、一つのものなら、なんと、すごいこと。

国を取り巻く御土居、一石二鳥、いや、三鳥の壮大な城壁です。

幅約三メートル高さ約二メートル。

立花宗茂が、帰ってきた時は、さぞ、驚いたでしょうね。