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絵咲木陶器と猫とカフェ日記 そして田中吉政の歴史

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2021-09-08 (Wed)  19:32

田中河内守吉久

今年も、どうにかやっと「田中吉政時代展」今年から→「田中吉政展」にして開催しています。

内容は、あまり進展していないのですが、新聞記事を見て、多くの方が来館して頂いています。

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初めての方も、来た方の口コミでとか、興味を持っていただいて嬉しいです。

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会場に居て、説明の合間に、また、ふと、いろんなヒントが出てきて、頭を整理するのがやっとです。

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それは、つまり、吉次の消息です。

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吉次が、初名とあった吉久を筑後でつかっているようなのです。

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それとか、田中河内守吉久とかです。

そうなると、筑後国江之浦城主になってきます。

吉信が亡くなり、江之浦城から氏次が久留米城に入り、河内守吉久が江之浦城へ。

慶長本土居の時に、さんざんそこ一帯を地図で見たのですが、一国一城の令まではそこに居て、他の家老職と一緒に動いていた可能性があります。

あとは、証拠探しです。

急に、パソコンでヒットしたのが、慶長15年、田中河内守吉久寄進したとある河桁御河辺神社
   【住所】滋賀県東近江市神田町 385です。

そこは、吉興がのちに拝領した地域ですが、どないなってんの?です。


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最終更新日 : 2021-09-08

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