FC2ブログ

絵咲木陶器と猫とカフェ日記 そして田中吉政の歴史

猫好き陶芸作家のカフェ絵咲木へいらっしゃいませ・・・

Top Page › 歴史 › 長浜市知ら姫の旅一日目
2019-03-04 (Mon)  15:09

長浜市知ら姫の旅一日目

長浜市ものがたり大賞の授賞式の後、フェイスブックのお友達、一人は帰っていかれ、あとの三人と文平さんとで、お寺に次々と連れて行って頂きました。


最初は、吉政公が、岡崎城主の時、お母さんのご葬儀に、岡崎まで参じたお寺様、誓願時です。

虎姫旅八

田仲家ことっては、このお寺が菩提寺だったのでしょう。

虎姫旅十一


お母さんが亡くなられた後、この梵鐘を追悼の為贈られたそうです。

この梵鐘は、北九州市小倉区の貫庄八幡宮にあったもので、正平21(1366)年の銘があるそうです。(浅井町指定文化財)

虎姫旅九


どのようにして、入手したかは伝わっていませんが、もし、九州平定の折にその天満宮で手に入れたとするなら、吉政公は、九州入りしていないと言われてきたことが覆りますね。

どちらかは、まだ謎です。


誓願寺は、昔は、江北十か寺の一つとして、織田信長の時代、お寺が城郭化した寺城として、勢力をもっていました。

虎姫旅十

広さも、もっと広くて、堀もあったでしょう。

次は、順光寺。

先日から、柳川の順光寺の一件がありましたね。

虎姫旅十二


このお寺の和尚様が、慶長の世に、筑後国まで、たくさんの人を伴って宮川氏と一緒に、吉政公を慕っておいでになったと言う事です。


そして、三度目の玉泉寺です。


ご住職が変わられたそうで、だいぶん整備されていました。

虎姫旅十四


中で、少しお話を聞きましたが、歴史は、あまりお詳しくないようでした。

この敷地に、吉政公が寄進した屋敷が建っていたそうです。

後の世、ここは、井伊家の所領となり、寄進を申し出たら、田中家ほどの格式がないので断られたと言う事でした。

それで、格の有る御養子縁組をされて、再び寄進を行われたそうです。

その格式…、田中家の詳しい生まれが、謎に包まれ、まだまた判っていません。

虎姫旅十三

虎御前山に連れて行って頂きました。

虎姫旅十七


かすかに、田圃アートの名残がわかる…。

36944413_2017629628287139_4963469837406830592_n_20190304144326977.jpg

今年も、されるでしょうか?

夕暮れに、うっすらと、琵琶湖に浮かんだ竹生島が見えました。

虎姫旅十八

その後、お友達のご自宅で、お話に花が咲き…。

なにせ、フェイスブックで繋がり、かれこれ三年になるでしょうか…でも、会うのは初めてでした。

その間、いろんな情報や、美味しいものを送って頂き、そんな積もった話が尽きませんでした。

すっかり、暗くなり、バタバタと宿まで送って頂きました。


スポンサーサイト



最終更新日 : 2019-03-04

Comment







管理者にだけ表示を許可