FC2ブログ

慶長本土居みやま市最終地点

慶長本土居の続きです。


今日は、みやま市の最終地点。

大川の酒見から出発した慶長本土居のみやま地区は、江浦小学校の右を通り、江浦駅の踏み切りを渡り、綿津見神社、高田漁協、楠田川の橋を渡り左岸に沿って進み、四十丁、五十丁の集落をクリーク沿いの道を進み、開小学校の左をまっすぐ進むと隈川の左岸につながります。


この川を途中で渡って川沿いに東に進むと、この場所、大牟田倉吉とみやま市渡瀬の境界地点、国道208号の干渡橋の袂が、終着点です。


慶長本土居最終地点


「田中吉政・忠政とその時代」の著者半田隆夫先生は、「慶長本土居の築堤政策は、有明海沿岸の干潟の新田開発によって領土を拡大し、年貢収入を増加させ、藩財政を豊かにすることが考えられます。


しかし、関ケ原の戦い後に、筑後を舞台に展開された八院の戦いなど、いつ、再び領土争いが起こってもおかしくない世相でしたので、有明海からの海上攻撃の防衛上、本土居を築堤したものと思われます」と、述べています。




スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)