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絵咲木陶器と猫とカフェ日記        そして田中吉政の歴史

猫好き陶芸作家のカフェ絵咲木へいらっしゃいませ・・・

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愛知県西尾、吉良吉田

メモの為、ネットからお借りした古文書資料の抜粋。

少しおかしいですが、その時の様子だけ読み解くと、見えて来るものがあります。

どこがおかしいか、探すのも面白い。

田中筑後の弟・久兵衛は吃音で、
2万石を取っていた。
(…、ってことは、吉政が亡くなった後、忠政が筑後守になった時の吉興の話?でも、兄が筑後って、忠政は末の弟のはず)
娘が一人いたので、婿養子をとった。
これが田中主殿だった。
久兵衛は後に半慶と名乗った。
(やっぱり久兵衛吉興のことだけど、田中主殿?って娘婿の吉官も主殿頭だから、吉興もそうだった?)
久兵衛の弟の
田中民部、田中将監は、
徳川秀忠の姪の婿だった。
(姪の婿??)
筑後の兄・田中主膳は早死にした。
荒いふるまいの人物だった。
関ヶ原の時、筑後が徳川家康の供をし、
主膳は留守として吉田にいた。
その海辺を九鬼・大隅が放火した。
それを追いはらい、
自ら足軽の首をひとつ取った。
(吉信の事ね…)
初代の田中筑後は、
宮部善祥坊の家臣だった。

吉良吉田、ここです。

三河吉田城だと、違うようです。

吉良吉田

うーん、これ、何を読み解いてあるのか、出典がなかった、残念だけどなぞだらけ。

そして、ここに吉政公が、秀吉の指示で、朝鮮出兵の撤退の大船を造っていたと伝承がある。



大浜の寺


吉政は唐入り船製造のためにも、称名寺本堂の根太を切り落とし、鍛冶屋にしたという。

根太というのは、床を支える横木であり、それを切り落とし土間を作り、造船に必要な金具類を調製する鍛冶屋にしたというのだ。


大浜の寺称名寺


信長の時鉄甲船には、鉄砲で名がある国友氏を使い、鉄板を造らせた。ここでも、そのような作業がなされたのだろう。


地元の西尾の事を、詳しくブログに書かれている方に、コメントでお尋ねしたけれど、判らないとのことでした。

残念です。

でも、丁寧に答えて頂いて、感謝いたします。


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