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絵咲木陶器と猫とカフェ日記 そして田中吉政の歴史

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Top Page › 筑後国主田中吉政公 › 西方寺の起こり
2016-09-27 (Tue)  14:29

西方寺の起こり

次の芝居のお稽古が始まっています。

以前、久留米市北野町の西方寺の記事を書きました。

吉政公の三男、則政公のお墓があるお寺です。

書いた頃は、まだ、そのお墓の主が、違う武将になっていて、悲しかったのですが、今は違います。

田中則政公

和尚様も、理解され、今回のお寺でお芝居をすることになったのです。

檀家さんたちに、そのお話を見せたいとおっしゃって頂き、上演の運びとなりました。

先日、練習に最近の恒例参加型助っ人、三人が、おいで頂きました。

まさに、和尚さんの息子さんと檀家さんたち。

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なかなかのあじわい。

「初代筑後国主 田中吉政 第三部 菩提一如」
日時10月16日〔日〕3時の予定
久留米市北野町西方寺本堂にて ℡0942-78-3176
今回は、檀家さん以外でもどうぞと言って頂いています。
詳しくはお問い合わせ下さい。


ナレーションの部分を少しだけ...
「嵐の後発見された仏像は、やがて長い年月を経て、西方寺の本尊仏となりました。
西方寺建立の物語。
これから皆様にお話いたしましょう。
医王山西方寺の建立、開基は寛永7年戦国の終わりかた、大阪冬の陣、夏の陣が終わって15年が経ち、田中家が改易され10年が過ぎた頃のことでございました。
久留米の大庄屋秋山藤右衛門と元田中家家臣の今は北野天満宮脇寺林松院住持貞俊が語らい、田中吉政次男、田中主膳正則政の菩提寺として建立されたのがこの医王山西方寺なのでございます。
そして、私の二番目の息子のお話でもございます。
みまかって10年経った後、菩提寺を建立せねばと思わせた息子が、どのような人間であったか、そのお話でもあるのです。」

絵咲木は、今回は、吉政公の奥さん、則政公のお母さんの役をします。

楽しみです。



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最終更新日 : 2016-09-27

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