猫好き陶芸作家のカフェ絵咲木へいらっしゃいませ・・・



   
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山口 久美子

Author:山口 久美子
陶工房 カフェ ギャラリー 絵咲木

猫好きな店主の,ほのぼの毎日。

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近江の金龍山善性寺

   
「近江興地志略」滋賀県近江八幡市田中江にある金龍山善性寺の大日堂の項を見てみる。

「観月ト西居士月山如印大姉」という者の九重の石塔あり。

当堂の開基田中氏の者の墓なり、とある。

これってどなたのお墓?

延暦寺の別院として栄えた旧定林寺。

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それで、思い切って、滋賀県の県庁の文化財課にメールでお尋ねしてみました。

文化財課の方へ

はじめまして。

福岡県の八女市におります、山口と申します。

実は、こちらで、筑後国主田中吉政のことを調べて、「田中吉政史談会」として発足いたしました。

滋賀県には3度お邪魔して、散策、視察をしています。

長浜城歴史博物館の大田館長ともお話させていただきました。

とてもお忙しいようですね。

昨年、この時期に、田中吉政公と豊臣秀次公のパネル展とお芝居を八幡城下の尾賀商店でいたしました。

近江八幡観光協会の方とも、仲良くしていただいておりいます。



さて、お尋ねしたいことがあります。

近江八幡市の田中江町にある善性寺のことです。

善性寺 滋賀県近江八幡市田中江173 

開基1581年 薬師如来像が文化財に指定されています。

延暦寺の別院として栄えた旧定林寺だそうです。


「近江興地志略」の滋賀県近江八幡市田中江にある金龍山善性寺の大日堂の項を見てみると、

「観月ト西居士月山如印大姉という者の九重の石塔あり。

当堂の開基田中氏の者の墓なり、」とあります。

これって研究の資料はありますか?


私達は、田中吉政が橘朝臣と考え、公家の橘義清を祖として平安時代からの足取りを追って、三川に至る田中家を名乗り始めた頃を特定したいと思っています。

吉政公は、推定1580年頃、宮廷に仕える大外記中原師廉に娘を嫁がせています。

大外記中原師廉とは、豊臣秀吉や秀次の関白宣下の書状に認めの名前を見る、そのような公家です。

その娘の子供達は、息子は大外記を継ぎ、娘達は宮廷の女官として天皇に仕えています。

吉政公自身もまだ、出世前の若い頃です。

その娘の日記が存在していて、東京大学などで研究されています。

そのような婚姻のできる吉政公は、今まで書き物などで百姓出身とされてきましたが、そのよう なわけにはいきません。

橘朝臣だと考えると、先祖は高島の佐々木田中氏とは別の流れで、国人として存在したものと思っています。

今のところ、田中家の家系図は穴だらけです。


いろいろ探してみたら、「浅井家譜」に、吉政の項に、近江国八幡山の伯耆守田中宗兼が浅井村に来村とあります。

旭日村や、宮部の三川に来たことだけは分かっています。

まだ、時代が分かりませんが、豊臣秀吉の時代のずっと前に、一族が居た国の可能性を探っています。

たぶん、平安時代、橘義清が山中に住み着き、と資料に見えますから、その後ではあるでしょう。


どなたか、近江八幡の郷土の歴史の詳しい方、紹介していただけませんか?

この寺が、田中氏に開基されたのなら、この九重ものお墓は誰のものでしょうか?

これは今も存在するのでしょうか?


10月の末に、滋賀県にまたお邪魔する予定にしています。

その前にでも、何か分かりましたらお聞かせ下さい。

こちらも、何かできることがありましたら、滋賀県のために、尽力させていただきます。

宜しくお願いします。


さて、ご返事メールが帰ってくるでしょうか?
          
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