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絵咲木陶器と猫とカフェ日記 そして田中吉政の歴史

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2016-08-07 (Sun)  16:01

大洞弁天当国古城主名札

昨日は、また夕立で、雷様がゴロゴロ。

でも、帰るとき、少しだけ外の空気が冷えていたので楽でした。

今日もまた、灼熱。

市の公共施設でコンサートがあると、昨日今日とランチのお客様がちらほら。

絵咲木のランチ時間は、二、三人くらいのお客様、それも猫好きでないと、年々..無理かなと思っています。

ゆっくりと、ハチとサクに話かけながら、八女の町並みの話や町家の中を眺めてランチが、望まれます。

皆さん、無理はなさらないで下さいね。

人のブログを見たりして、空想が大きくなってお越しになったら、がっかりしますよ。〔笑〕

ハチ君とサク君は、じっとしていません。

がんがん迫ってきますよーー。


さて、「日本城郭大系 京都 滋賀 福井」を見ていいました。

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66番田中館の欄「大洞弁天当国古城主名札」に田中村屋敷主として、田中筑後守の名が見える、とある。そこを見てみると、山本山の下辺り。

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あら、 仮説があたっているかも。

琵琶湖の東側、朝日村大字田中の、以前橘氏の田中氏の先祖がこの地に土着した時、朝日村の田中神社を建立したかもしれないと仮説を立てていました。

虎姫村や宮部より西になります。

「田中神社は、1180年源頼朝の旗揚げの戦火で、焼失したので、少し離れた場所に移したと」の伝承があるので、その時、田中の一族も虎姫村側に移動したのかもしれません。

それが、高島で二つに分かれたもう一方の橘氏田中家の流れ。

それが、吉政公につながるのです。


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この田中神社には、素敵な観音様が今でも祀られています。

ぜひ、行ってみたいです。



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最終更新日 : 2016-08-07

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