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絵咲木陶器と猫とカフェ日記 そして田中吉政の歴史

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2016-07-01 (Fri)  14:27

高島市の田中町

滋賀県の高島市へ移動です。

高島市は、琵琶湖の西側です。

古文書などでいくつか出身がここと書かれていたので、以前は町おこしの武将で本も作ったそうです。

でも、研究が進んで、長浜市三川町だと定説になってきました。

私達は、そこに注目しています。

橘姓を名乗った頃の何代か前、高島の田中の地で、田中を名乗り始めた時期があったはずだと。

高島歴史民族資料館の学芸員さんが、丁寧に対応していただきました。

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そして、紹介していただいた地元の歴史家の方々と、玉泉寺さんでお話。

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和尚さんが、コーヒーを出して頂きました。

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玉泉寺さんは、近くの田中城の城主の田中理春がこのお寺を再興したということで、寺内にお墓があります。

この城主が、吉政公のご先祖なのか違うのかは謎です。

ここ一帯は、佐々木流れの田中氏が居た土地ということで、学芸員さんも、そちらだろうと言われました。

佐々木の田中家の家系図にも、吉政の家系図にも、この理春さんの名前がありません。

それから、そこからずっと登って行った太山寺山の上に、城主のわからない平安後期の城跡があるとは言われました。

けれど、橘氏が、ここに来るには、官僚の頃で、後に土着なのです。

平安期ではあるけど、山の上に赴任するだろうか?

ここから橘氏は、田中になった一族の他の流れは、山中に行き、そして土着し山中を名乗るそうです。

三雲や、山村や、野村などなど。

この民族資料館は、平安の頃は地方の役所があったところだそうです。

謎が解けそうで、解けない。

また、話が尽きず、気がつけば、出発しないと新幹線に間に合わない時間。

早々にご挨拶をして、京都駅へひたすら。

お土産も、選べない、密度の濃い旅の最終日。

気がつけば昼ごはん抜きでした。

新幹線で、駅弁をもくもく食べながら、薄暗い外の景色を眺めました。

おかげで、ひどい雨には降られなく、八女に戻って来ました。

高島市田中町、また、謎を残して。

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最終更新日 : 2016-07-01

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