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絵咲木陶器と猫とカフェ日記 そして田中吉政の歴史

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2016-04-17 (Sun)  14:08

垂見城跡に

15日の朝のうちに、柳川の三橋町垂見を散策しました。

ここの地域は、垂見城という古城跡地。

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じつは、先日北野町北野町記事を散策したことの意味と同じで、田中家一門がここに住みついたとの情報があるから。

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垂見城は、ずっと前の時代の城ですが、その後の時代、城としての建物はなかったかも知れません。

でも、今でも掘割の残るよい場所です。

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現実に、先祖伝来そこにいると言い伝えられるのであれば、それはありかもしれません。

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その家系は、吉政公の弟、氏次。

吉政公の弟、田中氏次は、改易後、細川家に仕えます。

史料に 氏次の継室の息子を養子にしたとあるので、側室の生母が再婚だったのでしょうか。

娘の一人に毛利家から来た側室の連れ子を養子に迎え、

家督後継ぎとしてして細川家につれて行ったってことでしょうか?

そして、正室の娘に田中の名は継がせ柳川に残し、その正当な血筋が柳川に残った。想像ですけど。

側室とか当たり前の時代でしょうが、夫が出張先で家庭を作るというのは、女としてはちょっとつらそうだと思いました。

まして、改易後、時代が立花家の世。

ひとつの物語があったでしょうね。

ま、その一族の残る土地として、この垂見はよい土地だったのでしょう。

そこから急ぎ足で帰って、お店を開けました。

その夜、すごい地震。

前日に増して、ひどい揺れで、外に飛び出そうかと迷うほどでした。

この八女でも、外に飛び出した人もたくさん居られたようです。

そして、朝になってテレビで見た風景の驚き。

熊本城の変わり果てた姿。

犠牲になられた人の数。

南阿蘇の崩落。

本当に悲しい朝でした。

前の日の地震が余震だったとは...。

菊池のいとこの無事の確認もとれました。

これほどの大きな災害が起こるとは..、怖いです。
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最終更新日 : 2016-04-17

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