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絵咲木陶器と猫とカフェ日記 そして田中吉政の歴史

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2015-06-15 (Mon)  20:02

大野城の田中道

筑前の国にも、田中吉政の田中道が存在しました。

黒田長政と仲が良かったので。

大野城市の市役所のホームページから転写しました。

その道に立つ、道標石
 釜蓋(かまぶた)の古い集落のはずれにある道しるべである。自然石を台座にした角形の石柱で、正面には「従是(これより)左うみミち右やまえ□」、左側面には「施主(せしゅ)加満(かま)ふた衆」、右側面には「延享(えんきょう)元年子(ね)ノ八月吉日」と刻まれている。延享元年は1744年(江戸時代)である。地元の人によって建てられ大切にされてきた道しるべで、両脇にはいつのころからか2体の仏像が据えられている。本来田中道に面していたと思われるが、現在の位置に移動されている。

道標石
douhyouseki.jpg

douhoyusekiitizu.jpg


道標石位置図




田中道とは
 現在の大野城市域を通る、近世の主要道の一つです。その出自には諸説あります。

●関が原の戦い後、筑後領主として柳川城に入封(にゅうほう)した、田中吉政が入部時に通った道。

●田中吉政と入魂(じっこん)の福岡藩主黒田長政が、吉政の江戸参勤や下向のために整備した道。

●田中吉政が領内に新設した道。


田中道のルート
大野城市全図

oonojyozennzu.jpg



赤色四角の拡大図


tanakamititizu.jpg

先日から放送していた軍師官^兵衛のドラマには、本当は出るべき人だったかもしれませんね。

知れば知るほど、深い、初代国主田中吉政。 

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最終更新日 : 2015-06-15

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