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慶長本土居は、筑後国の要塞

田中吉政公の土居、慶長本土居と、外曲輪土居、汐留土居と、場所場所で違う名前で書かれています。

慶長本土居地図

だから、分かりにくかったので、城の堀以外に、土居と運河等の土居を描き込んでみた。

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半田先生が考えておられるように、一つのものなら、なんと、すごいこと。

国を取り巻く御土居、一石二鳥、いや、三鳥の壮大な城壁です。

幅約三メートル高さ約二メートル。

立花宗茂が、帰ってきた時は、さぞ、驚いたでしょうね。

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岩戸山歴史資料館で、山城のお勉強

岩戸山歴史資料館の、岡寺良さんの歴史講座、行ってきました。

岡寺さんは、九州歴史資料館の学芸員さんです。江崎は、ときどきお話を聞いたりしてお世話になります。


岩戸山


途中、地震で、ゆらゆら、皆さんちょっと心配しましたが、大丈夫で、続行。

主に、山城のお話でした。九州の分布図の話の時、「筑後国は、一国を治めたのは田中吉政だけです」と言われたので、少し嬉しかったです。

そうですと、こっくりとうなづきました。

外は、今も雪が降っております。

筑後国運河計画

⒍月21日に、久留米市まちゼミの歴史講座のお手伝いに行って来ました。

場所はクホン。

田中さんの講演の合間に、三場面のお手伝い。

5月に工芸館でやったものと同じものです。

久留米まちゼミ


好評で、次は8月の夏休みこども講座に要請がありました。

段々と、広まりつつある、田中吉政歴史講座です。

私たちも、学びながらの日々。

26日には、柳川の水の会のメンバーさんと、筑後運河計画をお勉強。

講師は、古賀久隆さん。

教師を退職後、柳川でボランティアガイドをしておられるそうです。


運河計画⒏

柳川城と、掘割は、やはりすごいです。


運河計画七


それは、吉政公の作った城と掘割。


運河計画一


なるほど、メモメモと、更なる関心と感心。

奥が深いです。


会場となった船下りと、ウナギの食事処大東エンタープライズの社長さんが、「お慕い申し上げ…」と「田兵」をたくさん買い取って頂きました。

店頭で販売して頂くそうです。

有難うございました。


九州歴史史料館の企画展へ

九州歴史史料館の企画展に行って来ました。

「福岡県の城 戦国乱世の城から幕藩体制の城へ」

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以前、私の住む筑後国福島のことを聞きに来て、お世話になった学芸員の方の企画展です。

写真は禁止なので、吉政の時代展の時の鯱君の写真ですが、久しぶりに会ってきましたよ。

五月ぶりです。


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~12月3日までの期間ですので、行ってみて下さい。

福島城の古地図も展示されていました。

思ったより大きかったです。

絵咲木は、最近、2時からの営業にしていました。

なかなかランチのお客さんに対応が思うようにできなくて(なかったり、大勢だったり)、気持ちがついて行かなくて…。


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でも、看板を書き直したり、のれんを出していなく、準備中の札をしていても、だれも関係なく入って来られて…。

鍵かけているわけも行かず、

ま、負けちゃいました。


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対応したら、結局一緒だね。


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それで、仕方なく、2時の処に1を書き足して、12時からにして頑張ります。

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結局、頑張るしかないね。

以前は、11時からにしていたから、少しだけ、緩くってことで。

宜しくお願いします。



田中吉政 京都の旅

京都に行って来ました。

田中吉政を訪ねてめぐる旅です。

もう、何度訪れたでしょうか。

今回は、人と会う旅と、お墓参り。

豊臣秀次の菩提寺、瑞泉寺です。

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和尚様と、ゆっくりお話ができました。

そして、豊臣秀吉の奥さん、ねねさんの高台寺へ。

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寺内の美術館に豊臣秀吉の肖像画があるので、寄ってみましたが閉館日。

まあ、年に一度くらいしか展示しない国宝級だそうで、まだ見たことがありません。

この肖像画は教科書に載っている、皆さんがよく知っているものですよね。


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あれは、秀吉が亡くなった後、ねねさんを慰めるために田中吉政が絵師に描かせて持って行ったものだと、高台寺のスタッフさんが話してくれました。

えへへ、知っているから来たのですよ。

国の重要文化財に指定されていますよ。

高台寺も、「非公開文化財特別公開」中でした。

それで、思いがけずねねさんのお墓参りもできました。

こんな感じですね。

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そして、このお堂がねねさんのお墓で、下に埋葬されているそうです。

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そして、田中吉政のお墓参りに、京都金戒光明寺に行きました。

本堂の左隣、ひときわ大きく、一番前にあります。

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管理されている塔頭の西翁院さんでは、「非公開文化財特別公開」中でした。

事前に連絡をして、特別に和尚様にお位牌を見せていただきました。

お話では、お墓の場所は公家の区域だと言われました。

「素晴らしい宝篋印塔です。

三枚の返り花も良い感じです。

宝篋印塔は笠の耳の角度でどの時代かある程度わかります。」と帰ってきて、フェイスブック繋がりで教えていただきました。

田中吉政の歴史は何か、一般的に知られていること以外に、まだ謎があるようです...。

京都で亡くなったので、本堂で葬儀が営まれたあと、西翁院の隣の塔頭がしばらく管轄し、その後西翁院に託されたと言ってありました。

そしてその後、柳川市の真勝寺を菩提寺としました。


「田中吉政公お慕い歴女隊」としては、感動の京都でした。