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絵咲木陶器と猫とカフェ日記        そして田中吉政の歴史

猫好き陶芸作家のカフェ絵咲木へいらっしゃいませ・・・

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八女福島燈籠人形初日

今年も、この季節がやってきました。

久しぶりに訪れて頂いたお客様もありで、楽しい一日となりました。

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福岡市からの直行バスのご利用のかたも、いらっしゃいました。

楽しい八女の思い出のお手伝いが、できればいいなぁと思います。

来週、台風の天気予報が出ています。

西方寺のお芝居公演に、ひびきませんように…。


さぁ、明日、明後日、頑張ろう!




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岡崎城の石垣

九月に入ったころから、急に秋っぽくなりました。

あの、40度手前の暑さから、すっかり落ち着いて、今朝などは22度くらいでした。


岡崎市の仲良くして頂いているっていうか、お世話になっている商工会議所の課長さんから、写メが届きました。

岡崎城の石垣の発掘がなされていたのですが、、おおよそ分かっていましたが、今まではっきりとした証拠になる物がなかったのですが、吉政の時代だと分かったようです。

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吉政公の研究が遅れていて、軍着物や、徳川家が書かせたものしかなく、しかもかなり違っていたりして、惑わされっぱなしなのですが、これから一つずつ、実証していきたいと思っています。


先日、吉政の後を継いだ忠政の正室が、徳川(久松)家から来ていることに、少しは気になっていたのですが…。

その女性、これを見ると、(小さくてすいません)、家康の母於大さんが、再婚して嫁いだ先で生まれた家康の弟の娘です。


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右の下の方に田中忠政とあります。

と、言うことは、自分と一緒の於大さんの血を引いた娘を田中家に入れている。

そして、そこに世継ぎが出来なかった。

(12歳の時、疱瘡でで亡くなっています)

そして、忠政が亡くなり、筑後国での田中家は改易、しかし、翌年三男の吉興の娘に養子をもらい再興しました。

その養子息子は、お母さんが徳川家から嫁に来た女性でした。

田中家に、どうしても、徳川の血を入れたかったのでしょうか?

それとも、徳川家の血を入れた、一つの家として使いたかった?

三河岡崎城は、家康の生誕の地。

秀吉の時代、田中吉政は、秀吉からそこを任されます。

難しい国を任せるのは、吉政しかいなかったかもしれません。

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いろんな大名の悩み事を解決したり、

戦のあとの、いろんなところの城の、誰かが城に入封されるまでの城の造作などを任せられ、

秀次の城になったころの清州城や、あの明智光秀が撃たれた後の城の後始末や入るための造作管理。

丹波福地山城とか、殆ど全部、とにかく吉政にいってくれと秀吉に任せられ…。

どんなに忙しかったか…。

他に、居ないの?って思うくらい、秀吉の信頼が厚かった。

でも、今は、義の武将がもてはやされ、

でも、


田中兵部大輔橘朝臣吉政、そこにいながら、関ケ原の戦の前の緊張した時代に、例えば、水野氏を切った西軍の加賀野井氏のお墓を建立してあげたり、


これって、上役(家康)を怖がらず、人の道に沿ったことをして、これこそ義だと思うのですが。


朝鮮出兵の時は、みんなを戻す船を全力で作るために走り回ったり、


矢作川の開削や築堤に力を発揮。

罪人を罰せず、家を与え、西野の荒れ地に松を植えさせ、更生させ、塩造りの燃料にしたり、

彼ほど、人間らしく、戦国時代を駆け抜けた武将は居ない…と、思うわけです。

ふふふ。


ハチ君の夏

ハチ君は、ロン毛なので、とっても暑そう。

これでも夏毛になっているらしい。

ハチの夏三

今年の暑さは、半端ない。

三十三度でも、「あら、今日は少ししのぎやすいね」ってなってしまう。

ハチの夏1


少しは、暑さの峠を越したのでしょうか?

ハチの夏二

しっぽが少し、夏バージョンで細くなってるのかな?

今日は、サク君は、部屋のどこかでお昼寝かな?

*CommentList

岡崎の旅三日目

ずっと気になっていた、加賀野井重茂さんのお墓の有るお寺、宝蔵寺。

知立市宝町刈谷道56-1

加賀野井さんのお墓の有る宝蔵寺


関ヶ原の戦の少し前、石田三成に家康の暗殺を頼まれ、志を果たせず帰路この池鯉鮒宿に来ていて、宴会の中、口論になり、
水野忠重を切り、そして自身は堀尾吉晴に斬られた…。

加賀野井さんのお墓1

詳しくはこの説明板で。

加賀野井さんのお墓二

そして、水野さんの家臣も、追って切腹。

このお寺の近くから、近年、ここに移されたそうです。

加賀野井さんお墓の有る追い腹塚

詳しくは説明板で。

加賀野井さんのお墓の有る追い腹塚の説明

西軍だった加賀野井さんの遺骨は、このお寺に葬られ、お墓は、吉政公が建てたとあります。

関ヶ原の前の緊迫した時の、東軍の吉政の行為は、大変だった気がします。


もともと、二人とも秀吉の家臣。

知り合いだったのでしょうね。

お参りして、和尚様のお話も聞けました。


そしい、名古屋市に向かい、徳川美術館で観覧して、九州へ戻りました。



西尾市吉良吉田そして、西野

岡崎市内のお城のすぐ近くのホテルに泊まって、レンタカーで吉良吉田町へ。

とりあえず、たぶん塩田のこと中心の史料館だろうと入ってみましたが、丁度、館長さんと、岡崎市在住の西尾市史編纂に携わっておられる郷土史家の方にお話しを聞くことが出来ました。

吉良吉田民俗資料館

やはり、ここでも、田中吉政をしっかりすごい武将だと話されました。

そのあと、近くの宝珠院へ。

ここは、豊臣秀吉の頃に陣を置いたという伝承が残っています。

宝珠院

それで、田中家も、ここを知っていたはずと思って…。

二男の吉信が、ここから浜で戦ったのかもしれません。

そして、以前から、西尾のにし野に松を植えたという伝承の確認に、まず、西野小学校を目掛け、松を探しました。

すると、すぐ近くに、松林の有る実相寺に辿り着きました。

実相寺二


吉政公は、罪人を罰せず、この地域に松を植えさせて、その松は、塩田で塩を煮るためにマキとして使われたそうです。

さっきの、吉良吉田民俗資料館の入り口に展示されていた木は、松の大木の枝だと言うことです。


実相寺四

樹齢750年などと書いてあったので、遥か昔は、もともと、松林かあって、海からの風を防いでいたのでしょう。

そこに、植樹の仕事をさせたのではないでしょうか?

そんな景色が目に浮かびます。

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プロフィール

江崎 久美子

Author:江崎 久美子
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猫好きな店主の,ほのぼの毎日。

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写真 1777JPG

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